Mori-Ôgai-Gedenkstätte Berlin / ベルリン森鷗外記念館・ベアーテ・ヴォンデ

経歴

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ベア—テ・ヴォンデ(ヴェ—バ—)

Foto Stefan Maria Rother 2014
ベア—テ・ヴォンデ Foto: Stefan Maria Rother 2014

1954年 ブランデンブルグ州、グ—ベンに生まれる(午年)

1973年 国立グ—ベン・ウィルヘルム・ピークシュタット高等学校卒業

1973〜78年 ベルリンフンボルト大学アジア学部日本学科入学
英語・日本語通訳士課程専攻 
ユルゲン・ベルント教授、斎藤瑛子博士に師事
第二学年以降1991年頃まで通訳実務多数(文化・報道)

1976年 地域文化研究課程に移籍(日本文化・演劇専修) 

1978年 息子一人、娘二人 (1982, 1986)
 
1978年 ベルリンフンボルト大学アジア学部日本学科卒業
卒業論文『日本におけるプロレタリア演劇の動向について』で日本学ディプローム取得

1978〜81年 研究生として安井栄一と共同で1年生と4年生の授業を受け持つ

1979〜81年 日本文部省奨学生として早稲田大学留学
博士論文の継続研究として『村山知義及び日本のプロレタリア演劇における新構造』を中心に資料収集学業と平行し、対ドイツ人記者向けに千田是也(俳優座)の私設秘書古典演劇、新劇、アングラ、舞踏などの劇団と密接な関係を持つ

1975〜89年 日本学科ならびに森鷗外記念館業務外で通訳としても活動:東山魁夷, 市川猿之助, 市川団十朗, 板東玉三郎, 観世能、新聞記者、レコード会社、会議、客演演奏会、エージェント

1981〜87年 フンボルト大学日本学科助手として勤務
1982、3年、86、7年産休。3人の子供をもうける。子供達は日本からのジャーナリスト、演劇人、鷗外研究者と夕食をともにして育つ
1986、7年ベルリンフンボルト大学附属森鷗外記念館改装監督として産休中に臨時雇用
日本演劇についての公開講演多数、芸術院のための翻訳
日本の劇団、報道関係者、VEBドイツレコード商談の通訳業務

1984年〜 ベルリンフンボルト大学附属森鷗外記念館創立と同時に唯一の常勤職員に(現在まで)中曽根元総理大臣のドイツ訪問準備
第6回ヨ—ロッパシンポジウム「ジャパン・トゥディ」学会刊行物編集責任者を東海大学のデンマーク支部とともに務める「文化創造者クラブ」および鷗外記念館の向かいにあった芸術家クラブMöweでの森鷗外記念館主催演劇公演、文化行事企画

1985年 ユルゲン・ベルント教授編集『広島長崎文学的正本』協力

1987年 改装工事終了後、森鷗外記念館責任者として勤務再開

1987〜90年 東ドイツ諸国友好連盟附属東独日本文化協会が森鷗外記念館の為に設置した日本担当ポストへ移籍(職場は森鷗外記念館)東西再統一後フンボルト大学が森鷗外記念館のポストを設置
90年より職員としての勤務開始芸術家へのインタビュー及び、日本東ドイツ文化協会の季刊会報に寄稿「悲劇喜劇」に定期寄稿

1988年 篠田正浩監督作品「舞姫」の前番組ドキュメンタリーの現地調査「百年ロマンス こがね髪ゆらぎし少女を探して遥かなる鷗外幻想」テレビ朝日 1988

1990年〜 フンボルト大学正規職員として勤務を再開(前職の就労期間は認められず)日本東ドイツ文化協会と共同の論文コンテストを主催。20人を越える東ドイツの若者が日本へ渡航。
森鷗外記念館存続のための日本における寄附金キャンペーン

1992/93年 記念館の存続が危ぶまれ、2年間大学から支払われた給金を記念館への寄付から払い戻さなければならなくなる。
1994年を過ぎてやっとフンボルト大学が予算を負担してくれることに

1993〜95年 ユルゲン・ベルント教授の急死を受け、森鷗外記念館臨時館長、よび森鷗外記念基金(1993年設立)臨時代表

1993年 12月ロンドンへ渡航。サミー・T・恒松氏によって個人的に運営されている夏目漱石記念館見学

1993年 天皇皇后両陛下によるフンボルト大学訪問の際、本学舎に鷗外コーナーを作成。両陛下の案内を務める

1995年〜 フンボルト大学日本学科付属森鷗外記念館副館長広報官並びに同記念館発行「クライネ・ライエ」シリーズ初期編集協力、販売を務める日独両国で出版文筆活動多数(文化・学術交流)

1997年〜 日本森鷗外協会評議員

2006年〜 再び旧姓ヴォンデを名乗る

2007年 早稲田大学COE (Center of Excellenz) 2007年度研究協力者

2010年〜 ドイツ文学記念館記念協会連盟 役員・会計監査

2011年 東日本大震災後、フンボルト大学主導の支援活動および、ドイツ国際演劇協会による東北演劇人のための復興支援募金運動コーディネート
6月 日本国皇太子殿下ドイツ敬重訪問の際の案内


留学以外の日本滞在

1990年 北九州市長の招待を受け吉野俊彦氏と共に北九州のファンドレイジング講演への道中、初めて津和野を訪問。井筒屋での鷗外展のオープニングを共同開催。

Mit Prof. Kobayashi, Tokiko Murakami und Miori Fujimura beim Empfang nach dem Vortrag
小林教授、村上時子氏, 藤村美織氏とともに、1990年11月15日講演のレセプションで
Spendenbox für MOG in Tsuwano seit 1990
1990年より津和野に設置されている募金箱


別府: 村上夫妻との命の洗濯
別府: 村上夫妻との命の洗濯
別府
別府


1992年 3月ベルリン・ミッテ地区長フォルクラート・クーン氏のもと、ミッテ地区の代表団による初めての津和野公式訪問。ベアーテ•ウェーバーは通訳者として同行。森鷗外の孫、森富氏の出席のもと、津和野市庁舎で市長による挨拶。相互の友好を結んでいく旨の合意書に同意し、サインする。

Hiroshima mit Vertretern von Berlin-Mitte
ベルリン・ミッテ地区代表団とともに広島へ
Vor dem Atombombendom in Hiroshima
広島原爆ドームを背後に


1995年 津和野森鷗外記念館会館式に出席

1998年 アサヒビール会長樋口氏の招待と個人的な寄付により東京訪問
(文京区森鷗外記念館、岩波ホール)、鎌倉、京都訪問。北九州訪問時、修復された鴎外の生家の見学、森真由美氏との講演会、末吉市長との会談

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1999年6月 森鷗外小倉到着100周年記念式典に参加。平野啓一郎氏と鷗外についての公開対談
11,12月 明治大学客員教授。ドイツ文学科講義「ドイツ東西統一から10年 – 『東ドイツ教育を受けた市民』の視点から見た現在の言語使用に対する違和感と新造語」。他ベルリンの演劇と鷗外について等
平野啓一郎氏1999年6月20日小倉
平野啓一郎氏1999年6月20日小倉


2002年3月 福岡県西行寺に1週間滞在。谷崎潤一郎記念館など、各文学記念館訪問。
鷗外小倉出立100周年記念に北九州で講演「鷗外のベルリン」小笠原・小倉での展示の協力のお礼に末吉北九州市長を訪問
津和野:安野光雅美術館、津和野森鷗外記念館
東京:歌舞伎「ぢいさんばあさん」公演、文京区森鷗外記念館、森家
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2004年早稲田大学の招待により東京滞在(千田是也生誕100周年記念講演「千田先生のドイツとの縁」2007年出版)津和野訪問。北九州で平出隆氏と鷗外と文学記念館について公開対談芦屋でキューピー展準備調査。同志社大学訪問興福寺住職多川氏と鷗外と仏教について会談大王製紙会長井川氏の招待で京都、倉敷、四国(遍路、金比羅)を訪問。
鳴門のドイツ館訪問(旧坂東俘虜収容所)
徳島:佐野孝史氏と会談(ロバート・コッホの日本の家政婦「はな」についての調査)。
阿南市:藤井正人氏(ベルリン森鷗外記念館銅板の寄贈者)の遺族と面談、猫寺訪問
Katzentempel Shikoku
5. 四国の猫寺


2009年 フンボルト大学からの派遣で日本へ。鎌倉にてロバート・コッホについての講演、東京熊本・鹿児島にて記念館の活動について講演、伊藤比呂美氏とともに北九州で対談、熊本「文学隊」の会合に参加

: "Ôgais Frauenbild" - öffentliche Diskussionsrunde im Literaturhaus Kitakyushu mit Itô Hiromi und Imagawa Hideko (Herbst 2009)

2010年 小川眞里子氏の招待と学術振興会JSPSの奨学金を受け三重大学に研究滞在。『舞姫 — 文学と現実 — 』
及び、オシップ・シュービン別名アロイジア・キルシュナーについて講演, 伊勢訪問同滞在中に東京北里研究所にてリサーチ活動明治村訪問。山梨県韮崎大村美術館訪問芭蕉翁記念館訪問芭蕉翁記念館を訪れて

Als JSPS-Stipendiatin an der Mie-Uni
JSPS奨学生として三重大学、小川真理子教授とともに
Vor dem Kitasato-Gedenkzimmer
北里記念室の前で


Bashô kinenkan Vortrag zu kuhi mit Prof. Onishi, Mie-Universität
芭蕉記念館 句碑についての講演
Literatur-Symposium an der Mie-Universität 2010
三重大学手の2010年度文学シンポジウム


Symposium Mie mit Frau Danbara und Prof. Onishi
三重大学シンポジウムにて壇原教授と尾西教授とともに
Mit Abt Ibi Hiroyuki und seiner Frau
衣斐弘行氏と奥様とともに


Keine Angst vorm schwarzen Mann! In der Tusche-Manufaktur von Suzuka
鈴鹿において鈴鹿墨制作所の方と

2011年 9月27日 順天堂大学医学部佐藤進メモリアルホールにてドイツの新聞記事を元に調査した講演「佐藤進留学始末」

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Scan-Juntendô-Rezeption-2

Scan-Juntendô-Rezeption-3

Scan-Juntendô-Vortrag-Beate-1

Scan-Juntendô-Vortrag-Beate-2

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2012年 東京大学「鷗外サミット」にて講演。加賀乙彦氏、平野啓一郎氏、文京区区長および津和野市長とともに参加

フンボルト大学鷗外150周年記念行事
フンボルト大学鷗外150周年記念行事
0900東M東京新聞フォーラム全


いずれの滞在においても日本の鷗外記念館関係者、森家および劇団関係者と会い、コンタクトを欠かさないようにしています。

Beate in Kokura
小倉にて
Mit Familie Mori, Herrn Kuramoto und Frau Iwasa im Suigetsu-sô Restaurant
森家、倉本氏、岩佐氏とともに水月ホテル鷗外荘のレストランで


Mit Mori Tom, Hans, Leo in Tsuwano Yômyôji
森富氏、ハンス氏、レオ氏と津和野永明寺にて
Bea mit Yamada Tôru Ausschnitt
山田徹氏と


ドイツ文学記念館文学協会(ALG)の年次会に参加。ライプチヒブックメッセにおいて鷗外スタンドにて森鷗外記念館のプレゼン


国内外での講演活動および海外出張

1993年 夏目漱石記念館視察。

1994年〜 日本人作家との対談及び朗読会:那珂太朗、高柳誠、平野啓一郎、平出隆、坂上洋、小川洋子、多和田葉子、辻仁成、森真由美、伊藤比呂美、坂手洋二、池澤夏樹、山崎朋子、中川モモコ、那須田淳、佐々木幸綱、加賀乙彦、三遊亭兼好、ドイツ人作家:ユルゲン・エバトフスキー、ウラディミール・カミーナー

Lesung Naka Tarô und Takayama Makoto
那珂太郎氏高柳誠氏朗読会
Mit Mori Mayumi
森真由美氏と


Über Takayanagi Makoto
高柳誠氏と 「触れ込み
Lesung: Takayanagi Makoto am 11.09.2001
高柳誠氏朗読会2001年9月11日


Mit Ito Hiromi im Haus von Natsume Sôseki in Kumamoto
伊藤比呂美氏とともに熊本にある夏目漱石邸で
Mit Saki Ryûzô 2004
佐木 隆三氏とともに


シャルロッテ・フォン・マールスドルフ氏らとディスカッション
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Foto: 1998 in Porla, Schweden
1998年ポーラ、スウェーデンにて


2003年 フンボルト大学医学史研究所の第83回「医学史の午後(Medizinhistorischer Nachmittag)」にて講演
「米か麦か?東と西、医者であり作家であった鷗外(1862-1922)が探したジンテーゼとは?」(ドイツ語)

2004年 10月 KleveのVarnhagen-Gesellschaftシンポジウムにて講演「西洋色に染まった詩の世界 — ヨーロッパ文化の橋渡し役、言葉の創造主としての鷗外」(ドイツ語)
11月 北九州の市民会館で平出隆氏との対談

2005年 11 Dahlemer Vor-Lesung.中川モモコ: 「ベルリン あなたは私を思う/父・千田是也とわたし(ドイツ語版“Der japanische Vater“)」モデレーション.

2006年 11月4日 日本大使館にて講演。「鷗外のベルリン—いくつかの事実と多くの疑問」(ドイツ語)

2008年 8月3日、オアドルフにて「日本のキューピー人形」について講演
9月16日 森鷗外記念館にて講演。独日協会との共同開催「1908年、日本でのロバート・コッホ 二番目の妻ヘートヴィヒ夫人に焦点を当てて」

2009年 4月 米国ブランソン、ミズーリにおけるキューピエスタに参加。オルドルフ町の文化担当者マンフレッド・シュテンダー氏とともに『ベルリンにおけるキューピー展とその効果』及び、『オルドルフにおける人形制作の歴史』を英語で講演。

2010年 10月13日 順天堂大学およびシャリテ医学部の日独共催
シンポジウム世界健康サミット2010にて講演。“Prominent Japanese Students at Charité 1870-1914 (Satô Susumu)”(英語)

2011年 1月24〜26日 ドイツ歴史博物館にて開催された「日独交流150周年」会議に参加し、講演を行う「森鷗外(1862−1922)と日独文化の架け橋」
4月1日 グーベンにて講演。フリッツ・ルンプフの妻について「アリス・ヘラー(1888-1964)の一生 グーベンの布工場、女子校等中学校、ベルリンの芸術ボヘミアンとの間で」
5月 シュネプフェンタールのギムナジウムで、学生向けに鷗外について講演
7月15、16日 エアランゲンにてシンポジウム参加。講演「日本とドイツの認識における他人像・自己像パラダイム
(1861-2011)メディアに操られたイメージの投影としての森鷗外読者による観察」
9月7〜9日 アジア・パシフィック・ウィークにて講演。“Historical medical relationsship between Germany and Japan – influence on concepts of hygiene and health”
9月27日 順天堂大学・シャリテ医学部日独共催シンポジウム順天堂大学医学部・佐藤進メモリアルホール
ドイツの新聞記事を元に調査した講演「佐藤進留学始末」
12月9日 オルデンブルクの独日協会にて「舞姫」朗読および講演

2012年 5月23日 ベルリンの映画館「Arsenal」にて「舞姫」上演の挨拶
10月1日 東京大学「鷗外サミット」にて講演。加賀乙彦氏、平野啓一郎氏、文京区区長および津和野市長とともに参加
講演原稿については雑誌「文学」を参照
10月16日 ベルリン・エアクナーのゲルハルト・ハウプトマン博物館にて講演を行う。「森鷗外とゲルハルト・ハウプトマン」
10月26〜28日 テューリンゲンのオアドルフにてキューピー人形生誕100周年イベント参加
同年11月21日 ベルリン森鷗外記念館にて講演を行う。歌舞伎版、森鷗外「ぢいさんばあさん」
12月10日 フランス・エルザス地方のKientzheimにて、CEEJA・明治大学共催国際シンポジウム参加、歌舞伎版、森鷗外「ぢいさんばあさん」について発表

2013年 1月23日 ベルリン森鷗外記念館にてゲルハルト・ハウプトマン(1862-1945)の経歴について講演。
4月18日 ベルリン森鷗外記念館にて菅尾友氏と対談「iPadと携帯電話の時代の『フィガロ』とは?」同氏は2012年11月ニッセイシアターにて、モーツァルト「フィガロの結婚」の舞台監督を務めた
8月11日シェーネベルク地区聖マタイ教会の歴史的墓地散歩(DJG Berlin)
8月25日 ノイルッピン・ギャラリーにおけるレポレロ展示閉会式

2014年 3月13日 ベルリン森鷗外記念館 『美術解剖学の教師としての森鷗外展』閉会講演「学術と芸術の交差点 森鷗外」
6月12日 ゲーテ大学(フランクフルト・アム・マイン)日本学科『東日本大震災後の東北における演劇』
10月15日 ベルリン森鷗外記念館 設立30周年式典『30年 – 設立から壁崩壊まで』
11月7日 ゲルリッツ『東ドイツ時代の日本関係及び日本学科の活動』

その他、ベルリンの文化プロジェクト、博物館会報、ライス・エンゲルホルン博物館、ベルリン医学歴史博物館、日独協会、世界文化の家(歌舞伎ゲスト講演平成中村座2008年)、グラスペルレンハウス・ギャラリー、エルウィン・シュレーディンガー・センター、ベルリン王宮広場「ベルリンの775年 多様性の街」(2012年)等多くの文化施設と協力、プロジェクトに参加、また多数の会議に出席


受賞歴及び経歴

1996年 山本安英奨励賞受賞
2004年 JaDe-日独文化交流奨励賞受賞
2008年 森鷗外記念館の活動に対し日本外務大臣賞受賞

1997年以降 日本森鷗外協会評議員、2008年より理事
2007年以降 早稲田大学COF (Center of Exellence) 研究員
2008年 森鷗外記念館として外務大臣賞受賞
2010年以降 文学記念館文学協会の会計審査員
2011年 『イニシアチブグループ日本』国際演劇協会(BRD)のメンバー、東北大震災後、東北演劇人のためのドイツ演劇寄附金キャンペーン


開講講座

1998/99 冬学期フンボルト大学音楽学研究所講義「『日本芸能体系』—–日本古典演劇概説」
同学日本学科・講義「映画で見る森鷗外とその作品」

1999年 11月明治大学文学部客員教授ベルリンにおける現代演劇の実情ドイツのメディア界で用いられる新しいドイツ語

2004年 11月早稲田大学COE (Center of Excellenz)にて『千田是也先生のドイツとの縁』誕生日百首年特別公演(文部省の招待)

2007年 シュネップフェンタール高校生のゼミ論文『日本のビジュアル系運動がドイツのJロックファンコミュニティーの芸術、人生観に与える影響』指導 

2008年 9月講演会『1908年ロベルト・コッホ来日について』

2009年 ベルリンにて講演鷗外と未来派ふるさとグーベンと日本第24回ベルリンサマーコース『自由は責任の母』にて森鷗外とベルリン大学についてベルリン大学200周年と日本(学術振興会による会合。翌日ベルリン散策)

2009年 11月講演ツアー:鎌倉、東京、北九州、熊本、鹿児島
「ロベルト・コッホ博士と鎌倉」
「演劇・政治・ユーモア/ドイツのパフォーマンス集団
〈リミニ・プロトコル〉の最新の動向」
「外国で鷗外と出会う、その特殊性と意味」
「ドイツから見た鷗外」
「ベルリンの壁崩壊から20年のいま―独日文化交流を考える―」

2010年 1月三重大学にて講演
ドイツにおける鷗外研究
豊太郎のベルリン鷗外と忘れられた女性作家オシップ・シュービン、
本名アロイジア・キルシュナー

2010年 順天堂大学・シャリテ医学部日独共催シンポジウム
講演“Prominent Japanese Students at Charité 1870-1914 (Satô Susumu) ” (英語)


キュレーション活動

2013年までに記念館で50以上の特別展を企画運営。その一部は他の場所でも展示された。

1989年 ベルリン森鷗外記念館常設展 企画・制作

1993年 天皇皇后両陛下によるフンボルト大学訪問の際、本学舎に鷗外
コーナーを作成。両陛下の案内を務める

1994年 『森鷗外記念館の十年間:マリエン通りとその周辺 — 150年以上続くこの地の歴史 —』

1995年 企画展『文づかい 昨日と今日』

1999年 企画展『ゲーテを日本に紹介した先駆者としての森鷗外』

2001年 北九州市企画展『小倉での森鷗外』(ドイツ人向け展示作成)

2002〜03年 北九州市及び小笠原流協力企画展『日本における贈答』

2004年 企画展『千田是也 1904-1994』

2004/05年『鷗外という二文字』記念館の外壁に『鷗外』の書道を入れるための書道コンテスト開催。130以上の応募。森鷗外記念館開設20周年を記念して。

2006年 企画展『キューピー:世界で最も古い「キャラクター」』展示はオアドルフにて引き続き開催され、今日ではオアドルフ・エーレンシュタイン城の常設展の一部として残っている。
協力:ローズオニール インターナショナル

2007年 アネッテ・シュトロートマン写真展『日本のマンホールのデザイン』
この展示もまた後に巡回展示としてヴュルツブルク、ドュッセルドルフ等で展示され、ドイツ工科博物館、そしてベルリン市庁舎、東京都庁で展示される。

2008年6月 企画展『1908年ロベルト・コッホ来日100周年展』
展示は続いてロベルト・コッホ研究所によって引き継がれ(常陸宮親王が見学される)、これはまた、作家のユルゲン・エバートウスキが彼の作品“Die Stadt am Meer“中にて日本におけるロベルト・コッホを取り上げるきっかけにもなる。

2013 年 3月〜8月 企画展『森鷗外の観潮楼 – 住居、制作の場から記念館へ』
文の京地域文化インタープリター、文京区立森鴎外記念館、
ベルリン森鷗外記念館共同企画

2013-14年 2013年8月〜2014年3月企画展『美術解剖学講師としての森鷗外』
東京藝術大学、ベルリン森鷗外記念館共同企画

現在(2015年)は森鷗外記念館の常設展の新装に向けて企画・準備をしている。


老は漸く身に迫って來る。前途に希望の光が薄らぐと共に、自ら背後の影を顧みるは人の常情である。人は老いてレトロスペクチイフの境界に入る。鷗外全集 26, p. 543
Fuku wa uchi Restaurant in Ise 2010



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