書家吉見松香個展 「百折不回」のご案内
会期:2020年1月17日〜5月15日
書家吉見松香個展 「百折不回」のご案内
ルイーゼン通りとマリエン通りの角に立つ建物の外壁にあしらわれた「鷗外」の書は、今日ではベルリンのシンボルとして認識されています。観光客や通勤途中の市民は、フリードリッヒシュトラーセ駅に向かう電車の中から、あるいは中央駅に向けて走る電車の中から日々「鷗外」の文字を目にしています。つまり、この建物に何かがあるのは大勢の人が知るところと言えましょう。しかし、実際に何があるのかを知る人は多くありません。
ここに何が隠されているかを知りたい方は、どうぞベルリン森鷗外記念館にお越しください。上述の建物の2階に位置する当館は、ベルリンの壁崩壊以前の1984年にフンボルト大学によって設立されました。以来、東京や津和野、北九州にある鷗外ゆかりの記念館と密に連携を取りながら現在に至ります。
外壁の「鷗外」のオリジナルとなったのは吉見松香氏の書です。吉見氏の作品は外壁のデザインのために2004年に開かれた書道コンクールに寄せられたもので、130点の書の中から選ばれました。外壁の文字は、技術的な理由から塗装工事終了後に画家によって壁に施されました。
2020年1月17日より開催いたします吉見氏の個展「百折不回」においては、この「鷗外」の原作をご覧いただくことができます。淡い青の半紙にかすかに波打った様式で書かれた「鷗外」の2文字は、海を渡ってヨーロッパへとやって来た鷗外の道を象徴しているかのようです。さらに、いろいろな様式で書かれた他の作品も展示しております。どの作品も鷗外の文学をモチーフとして引用しており、作品の雰囲気にあわせたスタイルで書かれました。
開会式は1月16日の18時から予定しておりますので、ぜひお越しくださいませ。
連絡先
Eメールアドレス:mori-ogai-info@rz.hu-berlin.de
Tel. 030 282 6097 oder 030 209 366 933
百折不回
吉見松香の書から鷗外の行間へ
会期:2020年1月17日〜5月15日
フリードリッヒシュトラーセ駅と中央駅の間を電車で移動したことがある方ならば、ルイーゼン通りとマリエン通りの角に立つ建物に書かれた日本語「鷗外」の2文字をご存知なのではないでしょうか。「鷗外」は、医師、作家、翻訳家とさまざまな顔を持った森林太郎(1862-1922)が最もよく使った雅号です。1887年から88年にかけてベルリンに滞在し、ロバート・コッホの研究所で学んだ鷗外ですが、彼の最初の下宿がこの建物の2階にありました。1984年にここに記念館が建てられ、以来35年間文化と研究の出会いの場として発展してきました。
「鷗」はカモメ、「外」は外方を意味する漢字で、カモメという鳥の自由さ、身軽さ、優美さに加えて、地理的、心理的な距離を意味するのではないかと言われています。(ちなみに、鷗外自身は筆名の意味を明確にしておらず、多くの解釈が存在します。ご紹介したのも数ある解釈のうちのひとつです。)
ベルリンの壁崩壊からおよそ10年が経った2003年頃、記念館が入る建物の所有権の問題がようやく解決され、同時に傷んでしまった灰色の外壁を新しくすることが決まりました。そして、外壁を塗り替えた際に建物の2階にあたる一部分が、飾るべきものが入っていない額縁のような見た目のまま残ってしまったのです。ちょうど2階にある当館にとっては思いがけない幸運でした。というのも、当時は歴史建造物保存の観点から、小さなガラス製の掲示板を建物の入り口の取り付けることはおろか、バナーを吊るすことさえ許可されていなかったからです。スマートフォンなどない時代、特にアジアからのお客さまにとっては当館を見つけるのも一苦労という状況でした。
2005年、建物の所有者、ベルリン・フンボルト大学の技術部、歴史建造物保存会の3者の円満な合意の上、「鷗外」の文字を外壁に施すことが実現しました。今日、グーグルマップで当館を検索すると、一番多く表示されるのが外壁の「鷗外」の文字です。また、この外壁はベルリンのシンボルとして認識されており、記念館の存在を知らしめています。
この外壁プロジェクトに先立って行われたのが、1年間に及ぶ「鷗外」の書のコンクールでした。このコンクールには世界中の130を超える日本人から応募がありました。参加者の年齢層は下は7歳から上は91歳と幅広く、書道歴もさまざまでした。有名な書家の方、趣味で書道をなさっている方、皆に開かれた多様性に富んだコンクールとなりました。寄せられた作品は特別展として当館において展示し、最優秀作品賞には1945年広島県生まれの吉見松香氏の作品が選ばれました。外壁の「鷗外」
はこの吉見氏の作品がもととなっています。この作品は、筆を使って一息で書かれたもので、淡い青の紙にはいった波の模様は海を越えてヨーロッパへとやって来た文化の仲介者(鷗外)を表します。
昨今、ベルリンでは外壁に何かを描く行為について議論が繰り広げられていますが、当館の外壁プロジェクトは素晴らしい結果をもたらしたことをお伝えすべく、この特別展を企画しました。また、オリジナルの書を書いた吉見さんにも、鷗外の言葉をモチーフにした作品を展示する場を提供したかったという思いもあります。
また、外壁プロジェクトを企画、運営した私にとっても定年前のさよなら展示会となり、ひとつの区切りとなる展示会になりました。
吉見松香
1945年広島県に生まれる。大東文化大学進学後、上条信山に師事し本格的に書を学ぶ。大学院修了後には東京の学校で教壇に立ちながら、数々の書展に出品する。特に、ベルリン森鷗外記念館が主催した鷗外墨書コンクールにおいては優勝をした。この時出品した作品は現在記念館の外壁に書かれている。また、展覧会にも力を入れており、これまでに東京や箱根にてグループ展や個展を開催している。